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やっぱり保育士
昨日よりも明日よりも・・・
高野山

それでは、前回の続きです。


死後の世界・・・


が、あるとすると・・・。 ということで。



前回 八十八番を打ち終わる⇔すなわち「死」

      が

空虚で、無な感じであったというようなことを
書きました。


そして、やっとここからが、前々回(極楽浄土)で
書きたかった内容にたどり着きました。。。



それでは。。。


八十八番も打ち終わり、なんだか空っぽな気持ちを
抱えながら、徳島の町中にバスで戻り、明日の早朝
船で大阪に渡り、和歌山の高野山にお参りするために、
港の近くの宿に泊まりました。


まぁ、この時あまりきちんと思考が働いていなかったので、
宿に泊まったのはいいのですが、早朝5時発ぐらいの船に
乗るには、その宿を夜中の2時には出ないといけないという
なんとも、間抜けなことをしてしまったのでした。


まぁそれでも、しゃーなしで、1時過ぎに起きて、2時ぐら
いから歩き始め、4時過ぎには、フェリー乗り場に着くことが
でき、搭乗手続きをすませて、待合室に行くと。


なんとそこには、この遍路を始めた初日に出会った若い
お坊さんがいたのでした。



ちょっとここで、彼とのことを書きますと。


遍路を始めた初日。まだ、緊張し何も分からず、それでもって、
何やらかたくなになっていたとき、初めに泊った善根宿で
彼と一緒になったのでした。

その時の彼の印象としては、体の線が細く、随分ときゃしゃで
体力もなさげでした。 

ただ、意思はとても強く、この子だったら何日かかっても、かなら
ずやり遂げるだろうなぁ。

なんて、自分のことは棚に上げ、かなり偉そうに彼のことを評価
していました。

二日ほど抜きつ抜かれつといった感じで、一緒に歩いていたのですが、
最初の難所といわれる峠で、完全に私の方が、追い越してしまい、
その後は、彼の様子を知ることはできませんでした。


その時なんとなく、もう彼に会うことはないだろうなぁ。なんて思って
いました。


そしたら!!


旅の中盤も過ぎた通夜堂で泊ることにした時、なんとその彼が、一緒の
ところに泊っていたのです!!


私は、もう決して追いつかれることはないと思っていたので・・・


 「えぇぇぇぇ!!??」

といった感じになりましたが、自分で ああ 途中で体調を崩したり
歩くペースを落としたりしたときが、何日かあったらそのせいだな。

などと、自分に言い聞かせていたのですが、


彼の話を聞くと、途中何度も体調を崩し、大変な思いをし、おまけに
足の裏は豆が何回も敗れ、テーピングをぐるぐる巻きにしながら、
歩いてきたと。


そして、自分は人よりも体力も劣っているし、歩くペースも遅いので
毎日4時に起きて、出発していると。。。。


参りましたねぇ。。。


ホントに、参った。。。っておもいました。


日々こうやってコツコツ、積み重ねている人には、かなわないのだと
痛感しました。


そして、一緒に泊ったこの日も、彼は、朝4時に起きて歩いて行ってしまいました。


そんな彼を見送った時

「ああ。今度は始めと反対で、今後彼に追いつくことはできないなぁ」

と思いました。




ところが!!


そうなのです。 これがお遍路の面白いところ!!


この最後の最後の高野山に行くフェリーの中で彼に出会ったのです。



これは、私にとって素晴らしい贈り物でした。


なんといっても、彼とは、最初と中盤そして最後 が一緒だった
ということで、道中で会った人や、その時々の経験がすごく
似ていたのです。

だから、高野山に向かう間中 今までの道のりを とても楽しく
そしてまた、違った角度から見直すことができたのです。


こうやって彼と、たくさんの話をすることで、今までの虚無感や
むなしさを 埋めることができたのです。

 いや。

埋めるどころか、それ以上の喜びを得ることができました。



高野山に着いてからは、彼と一緒に精進料理を食べ。


そして、静かにお参りし、静かに別れました。




もし死後の世界があるのだったら、こんな感じではないかと
思います。


肉体が死に、そこから魂が離れ、魂の故郷に戻るとき


そのとき、今まで出会った多くの人や、物をもう一度
振りかえり、そして、その多くの意味を悟る。


そして、静かな安らぎを得る。


そんな気がします。




私にとって、遍路とは こういった たくさんのことを
教えてくれた すばらしい旅でした。



すべてのものに、感謝です。




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「死ぬこと」そして、「再生」

まいど。。。

前回の続きでして。。。


遍路を歩き終わる。八十八番を打つ。

すなわち 「死」


歩き始めて、いろいろなことがあり、なかなかいろいろな
事柄を 体験させていただき、そしてまた、学ばせていただいた。


後半は、ただただ歩くだけのことが、毎日が、一瞬一瞬を生きることが
楽しくてしょうがなくなってました。


だから、最後の八十八番を打つときは、どんな感動が待っているのだろう。


期待に胸を膨らませていました。。。


そして、いよいよその日。


いつもと変わらぬ朝を迎え。。。

いざ出発!!


しかし、あいにくの曇り空。 晴れがよかったなぁ。
なんて、ちょっと、心の中で愚痴りつつも、これもなにか
ドラマチックな 演出の前触れなのかも。

などと思いながら、一歩一歩歩き始めました。


   ・・・



    ん??


なんだろう?? 


どうした?


いまいち、期待していたような高揚感が出てこないのです。



おかしい。。


こんなはずはない、きっと寺に着いたら、それはそれはなにか
とてつもなく・・・


あれれれれ・・・・???



着いてもうた!!??


あれ~~。もう終わり。。。


おかしい、そんなはずはない。


何かもっと、こう なんというか、かんというか・・・



ものすご~く腑に落ちないので、その寺で一人 一時間以上
ベンチに座り、その期待しているような 達成感や高揚感
が襲ってくるのを待ちましたが。。。


湧き上がってくるのは、虚無感といいましょうか、脱力感といいましょうか


なんかこ~ん~~~



一番しっくり来る表現としましては

「さらっと、終わり」って感じでした。




その日、一人バスに乗り、徳島の町の宿に泊まり
なんだったんだろう。。。

って考えてたとき

「あ!!そうか。 私は、死に向かってたんだ。
 死に向かっているのに、はじめに期待したような
 高揚感や、達成感、ましてや、びっくりするような
 すごいこと!?があるはずがないではなか」


って、気づくことができました。


だって、死がこういったものだったら、みんな誰しも
死ぬことを期待し、どんどん死に向かってしまうじゃないか。


そうか、死ぬということは、こういうことなんだ。

と、うまく言葉では表現できませんが、すごくすごく身体で感じ
体感することができました。


死というのは、決して、すばらしい物でもなく、ましてや、
怖い物でもなく・・・。

淡々と、そして、静かに迎えるものだということを 学びました。



次回は、死後の世界!?? 

大師さまは、最後の最後にステキな贈り物をしてくれました。


もうちょっと、続きます。


 
極楽浄土

珍しく、立て続けに!?更新しております(笑)


なんとまーたいそうなタイトルですが。。。


遍路をして、三年たったという節目!?ということで。
またまた、お遍路シリーズで。。。



「お遍路は、人生そのもの」


この内容には、よく触れてきましたが。


それじゃぁ。お遍路が終わる。八十八箇所周り終わる。 それは、
死に向かっていっている。 ということになるのだそうです。


死からまた、再生へと繋がっていくのだと。。。


私は、あまりそういったことを 知らないままに歩き出していたので、
道中いろいろな人に、いろいろな解釈の仕方を 教えていただき
大変勉強になっていたのですが。。。


最後の一つ前 八十七番をお参りするまで、決めかねていたことが
一つありました。


最後の八十八番を 打つ(お参りする)ったあと、どうするかと
言うことでした。


ある説によると、今まで一番から順番に歩いてきた道を 八十八番まで
行き、そして、もう一度そこから一番まで行き ひとつの輪として繋ぐ
といいのだ。 

今考えると、何がいいのかわかりませんが。。。


そのときは、ただなんとなく、そんなものなのか、じゃぁ。。。

でもなんか心のどこかで、引っかかるし。。。


う~ん。


ってな具合で、結構迷っていたのでした。



そして、とうとう八十七番を打ち終わり、近くの宿に泊まり
夕食をいただいているとき

 宿の方から、明日はどうするのか

といったようなことを 聞かれたので、迷ってるんです。

といったようなことを 答えると


「何を 言っているんだ! 八十八番で終わり!! それが
 終わったら、高野山に行く! お礼参りは、高野山に
 するものだ!!」


と、かなりきっぱりと言われ。 しかも


「あなたは、また一番に戻って、ぐるぐるぐるぐるさまよい
 続けるつもりか!」

「八十八番まで終わったら、円く繋いでしまうのではなく
 きちんと高野山に行って、逃げ道(通り道)をつくって
 あげなさい」

なるほど!!!!!!


この一言で、私は今まで迷っていたことが全く持ってすっきりして、
次の日は、胸を張って八十八番を目指すことにしたのでした。




おろ~~~ 今回は、八十八番に行き、その後の気づきを
書こうと思っていたのに、なぜかその手前の段階で力尽きて
しまいました。


この続きは、またいつか。。。




3年前

ここに、文章を書くのは、何カ月ぶりでしょうか・・・


なんでまた、急に書きたくなったかといいますと。。。


実は、3年前の今日。 思いつきで!?始めた歩き遍路を
結願した日なのです。


それで、なんだかここ最近3年前の今頃のことを よく
思い出していまして、それでちょっと。。。


以前も同じようなことを書いたのですが、お遍路はよく人生に
例えられ、私も歩きながら


人生ってなんだろう

 とか

生きるってなんだろう


なんてことを考えていました。


そして、当時感じたことは・・・


お遍路 =  人生


   ならば


歩く  =  生きる(日々)


   そして


歩く  =  楽しい


   ということで


生きる =  楽しい


なので、生きることは、楽しいことだ!!


という結論に達したのでした(笑)


というのも、遍路を始めた時は、歩くのも不慣れで、地図の見方も
わからないし、杖の使い方もわからない。

まぁ、生まれたての赤ちゃんのようなものかな。


そして、歩きなれてくると、今度は、自分の力も見極めずに
無理したり、無茶したり。。。

うむ、若いころってかんじかなぁ


そうこうしているうちに、だんだん自分の力もわかってくるし、
身体と相談もできてくる。また、ちょっと危険かなと察したら
前もって回避することも、覚えてくる。


ふむふむ、だんだんいい感じに年齢を重ねてきた感じってとこか。。。


こうなってくると、なぜかどんどん歩くスピードも速くなるし、楽に
歩けるようになってくる。そうなると、周りの景色も十分に楽しめるし
余裕を持って歩けるようになる。

この頃の私は、ただ歩いているだけだったのに、楽しくて、楽しくて
しょうがなかったのだ。


こうやって、結願 = 死 にむけて準備し進んでいく。



人生とは、こういう感じで歩んでいけるのか。


         と


当時悟った。。。。



そして、今 現在。



はたして、私自信 人生のどのあたりまで歩んできているのだろう。



現段階で、人生を楽しんでいるか。。。と問われると。
いささか疑問だが。。。


これを書いてて思ったのは、どうやら私は、生きることは、楽しんでいるようだ。


すべての人たち、出来事に感謝です。







プロフィール

henro0403

Author:henro0403
henro
大阪から、2008年7月に三重に移住
36歳
保育士を10年経験(^^)
和太鼓大好き
TAカウンセラー2級
ゲシュタルト療法
PC勉強中。。。
歩き遍路 一周(40日間)

保育の仕事に関わってきて、たくさんの保育士さんたちと出会ってきました。その中で、保育を取り巻く現状、保育士さんたちの悩み・・・。
子育てをする家庭への支援はいろいろな方々が取り組もうとしているのだが、その現場で働く保育士さんたちの支援というか、バックアップなるものがあまりにも乏しいと感じます。それで、少しでもいろいろな悩みを抱える保育士の方々の助けが出来ればと、考えています。

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